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南京を語らなかった蒋介石

さくらの花びら~さんのブログです
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/33899257.html 
引用
昭和41年、松井大将の秘書だった田中正明氏は岸首相と台湾に行った時、このように語りました。
 蒋介石は80歳。私は蒋介石に敬礼してから「私はかつて閣下にお目にかかったことがございます」と申し上げた。 
「いつか」と聞かれるので「昭和11年3月、松井石根閣下にお伴して、南京で」と申し上げた。松井大将の名を聞くや、蒋介石の顔色が見る見る変わった。 
ふるえ声で「松井閣下には、申し訳なきことを致しました」と私の手を堅く握りしめて、むせぶように言われ、眼を赤くして涙ぐまれた。私は驚いた。一同も蒋介石のこの異様な態度に驚いた。 
周知の通り南京戦の直後、蒋介石は漢口にいて、しきりに対日抗戦の声明文を発表したが、虐殺事件など一言も触れていない。南京の何応欽軍司令官の「軍事報告書」の中にも虐殺は一行もない。 
それを東京裁判は松井大将の責任で20万余を虐殺したと判決して絞首刑に処したのである。 
あれほど支那を愛し、孫文の革命を助け、孫文の大アジア主義の思想を遵奉したばかりか、留学生当時から蒋介石を庇護して、面倒を見て下さった松井閣下に対して、何ら報いることも出来ず、ありもせぬ「南京虐殺」の冤罪で刑死させた。 
蒋介石は悔恨の情が、いちどに吹きあげたものと思われる。 
引用以上
    東京裁判において大日本帝国を貶めたい連合国側は南京虐殺を捏造し、松井大将をA級戦犯に仕立て上げ死刑にしました。南京入城の際、仮にも当時の首都であった訳ですから多くの外国人ジャーナリストがいました。しかし、南京虐殺などと言う報道は全く有りません。逆に何故、こんな捏造をしたのか理由が知りたいものです。
コンクリートレボルティオ#11を見ながら
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