記事一覧

戦時中上からの命令で仕方がなかった」

反日勢力を~さんのブログです
http://deliciousicecoffee.blog28.fc2.com/blog-entry-6153.html?sp 
引用
戦時中、「上からの命令で仕方がなかった」という釈明は、虐殺する側に共通する。しかし、日本とドイツの違いを挙げるならば、「お父さんはあの時どこにいて何をやったのか」と若者が親を告発して世論を動かしてきた点である。1985年、ワイツゼッカー大統領(当時)が「過去に目を閉ざす者は、現在にも盲目になる」と歴史を直視して戦争責任を自覚するよう求めた有名な演説に比して、日本での動きはあまりにも弱い。善愛さんは、そこに天皇制の無責任体制を見いだす。責任は他人に転嫁され、拡散し、消えていく。国家が起こす戦争も、災厄に矮小化され、忘れ去られる。日本の近代化以降を振り返っても、その歴史の評価さえ心もとない。例に挙げたメモリアルクロスだけでなく、遺跡や屍は埋もれたままだ。善愛さんは「たった100年の歴史さえ分からないのに、簡単に未来を語れるのか」と語気を強める。安倍晋三首相がしきりに説く「戦後レジームからの脱却」も「戦前レジームへの回帰」と見抜いていた。 善愛さんは、殺される側の一人の人間として恐怖を覚えている。隣人を変容させてしまう純化政策がもたらす惨状。ポーランドと在日の歴史は別物とは思えない。だからこそ善愛さんは話したいのだ。それを乗り越える手段に、内奥の声や感情を一気に表現できるピアノがあった。世界各地の音楽祭や国内外での演奏活動は、善愛さんを善愛さんたらしめるのだろう。 
引用以上
   虐殺した人間で「仕方なかった」と言ったと言ったのは誰でしょうか?広島や長崎に原爆を投下した当事者でいましたか?東京大虐殺では?
   エノラゲイ
航法士:セオドア・ヴァン・カーク (Theodore Van Kirk)。「奪った命より多くの命を救った」と原爆の投下を正当化し「日本の国に起きたこと全体としては、気の毒とは思わない」と述べている。
   東京大虐殺「東京大空襲」
東京大空襲を設計したカーティス・ルメイは、日本の家屋が木と紙でできていることに注目して、日本本土空襲専用の焼夷弾を開発し、わざわざテキサスの砂漠に日本の家屋を建てて、その焼夷弾の効果を確認している。当然、「最大の効果」を発揮させるためだが、この「最大の効果」とは、可能な限り多くの日本人を焼殺することである。そして、空爆目標地を囲む隅田川や荒川堤防沿いに焼夷弾を投下して炎の壁を作り、逃げまどう人々の退路を遮断した。 
霊剣山♯8を見ながら
   
関連記事
スポンサーサイト

コメント

コメントの投稿

非公開コメント