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正定事件

さくらの花~さんのブログです
http://blogs.yahoo.co.jp/bonbori098/34305339.html
引用
旧日本軍とは無関係の国際的神父殺害事件を旧日本軍の犯行であったかのように政府高官に報告し、中国の対日歴史非難と歩調を合わせるかのような情報操作を、外務省が行っていた疑いがある。
  
この神父殺害事件は1937(昭和12)年、旧日本軍の南京攻略に先立つ10月9日に発生した。中国河北省正定で、当時フランス政府の管轄下にあったカトリック教会が襲われ、神父9人(オランダ人神父を含め全員がヨーロッパ人)が殺害された。世に言う「正定事件」である。 
  
正定事件に関し、中国とオランダは犯人は旧日本軍、殺害理由は日本軍が女性200人を要求したのを神父らが断ったことだと断定する。命を犠牲にして女性たちを守った神父は、「徳と聖性の高い福者」であり、列福して顕彰すべきだと両国が2014年以来バチカンに働きかけている。世界13億人弱の信者を擁するバチカンの影響力は計り知れない。 
  
官房副長官の萩生田光一氏は外務省に調査を命じると「日本軍は9人を殺害した。しかし、女性を要求した事実はない」と報告してきた。 
  
だが、外務省報告は間違っていた。それを私は読者の中林恵子さんと熊岡醇氏に指摘されて知った。届いた資料の中に当時の在北京日本大使館員・森島守人参事官の公文書が含まれていた。これはスイス在住の日本人女性がナントのフランス外交史料館で入手したものだ。 
  
森島公文書は犯行は日本軍ではなく、「支那敗残兵」によるものと明記。 
  
当時、支那敗残兵が正定の教会に避難した人々の中に紛れ込んでいた。森島氏は次のように記している。 
「その後も続けた調査では、支那敗残兵の犯行であるとの結論を覆す証拠は見つからなかった。従って日本政府は当該事件に関する責任を負いかねるのみならず、占領地で起こったすべての件に関して責任をとりかねる」 
  
犯人は日本軍ではない、支那敗残兵であるとした森島文書は、外務省欧亜局第二課が1939年2月28日時点でまとめた「支那事変に関連する在支第三国(英米を除く)財産被害調査表」にも記録されている。外務省本省も事の本質を十分に知っていた。 
  
ではなぜ、外務省はこの肝心の森島公文書を萩生田氏に見せなかったのか。 
  
外務省の罪は森島文書を見せなかったことにとどまらない。 
外務省作成の説明資料で24行中20行が、必ずしも正確ではない当時の報道や教会報の紹介に割かれている。「宣教師は正規軍の日本兵によって殺害されたものとの結論に達した」などという「『タブレット』紙による詳細な記述」なるものも萩生田氏に報告している。 
  
外務省は、先輩外交官の残した貴重な公文書に反して、日本をおとしめる情報を政府高官に上げていた。意図的な情報操作か。それとも外務省の情報把握能力の問題か。 
  
私が事件の全体像を把握できたのは本稿で言及した民間の人々の情報発掘の努力のおかげである。本来外務省が行うべき仕事を民間人が危機感に突き動かされて代行している。この現状ほど、寒心に堪えないものはない。 
(2016.78.1 産経新聞) 
引用以上
    外務省は「害務省」とはよく言われていますが、役立たずを通り越して反日活動ばかりしています。調べればすぐに分かる事なのに、ワザと間違った情報を発信しています。かくして、民間人が活動しなければならなくなっています。
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